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2008年11月の5件の投稿

エビはまだ食べないか~

昨日は久しぶりに、エビチリを作りました。

腕は落ちていなくて、安心しました。

ネギたっぷりで、ソースを作ります。たまたまもらい物のおいしいケチャップがあったので、さらにいい味になりました。エビは、最近忙しいときは重宝しているイトーヨーカドーのネットスーパーで実物を見ずに買ったので、見てみたら意外に大きくて。

このエビの大きさと分量だと、このエビチリ、お店なら5千円ぐらいはするんじゃないか・・・

エビは重曹と塩に漬けて、身を締めてから使います。こうすることで、ぷりぷりした歯ごたえが出て、とてもおいしいのです。大人の口には・・・

知花が食べやすいように、豆板醤ひかえめで甘口のソースを作り、取り分けてから大人用の分だけ豆板醤を追加してぴりっと引き締まった大人の味にしました。

知花の分は、ご飯と混ぜてチリソースご飯にしました。エビも細かくして少し入れて。

でも・・・

ご飯は完食したけれど、エビは残しました。
うーん。やっぱり固かったみたい。
確かに、まだ奥歯が全部生えそろっていないから、ちゃんと咀嚼できないんだよね。いつかまた、一緒にエビチリが食べられるといいね。

こうして子どもと一緒に食べると、大人と子どもの味覚って、結構違うことに気づきます。

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やっぱり、生まれつきの性格はあるようです

子どもの成長は早いです。

つい1週間前ぐらいに、外に散歩に出られるようになったと思ったら、今はもうわりと平気で外を歩くようになりました。

手をつないで歩いても、私が精一杯下に手を伸ばして、知花が精一杯上に手を伸ばして、ようやく届くぐらい。一生懸命手、というか指を握って歩く姿が、とても可愛いです。

いつか、手をつないで歩かないようになると思うと、それもまた寂しいかな、なんて思いますね。今一緒にいられることを十分味わっておこうと思います。

ところで、子どもの性格って、やっぱり生まれつきのものがあると思います。よその子のことはあまりよく知りませんが、やっぱり知花は慎重派。

お散歩をしていても、ちょっとした段差の前で、一旦立ち止まります。そして、慎重に半歩ずつ歩きます。ちょっと怖がりで、慎重な性格。別に誰が教えたわけではないけれど、そういうキャラに生まれてきたんだね。

人生の後半では、苦手だと思っていたことが得意に変化することもあるし、今の性格のままずっと行くかどうかは分からないけれど、やはり持って生まれた性格を上手に活かすことを考えてほしいな、そう思います。

でも、すごい慎重なので、それが結構ほほえましいというか、笑えます。

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完璧な親を目指さない

知花の子育てをするに当たって、私がひとつ決めていることがあります。

それは、完璧な親を目指さないということです。

まあ、完璧な親という考え方自体が、何か、刷り込まれた価値観に沿った枠組みに自分をはめ込むようなものですから、よく考えれば考えるほど、何を持って完璧と呼ぶのか、分からなくなるはずなのですが。

完璧な親でないということは、どういう親であるのか。

それは、ありのままの、ひとりの人間として存在するということ。

基本的に、愛情を持っている。
子どものことは大切。
妻のことも大切。
そしてもちろん、自分のことも、大切。

でも、嫌なことをされたら怒るし、言いたいことははっきり言う。

親として子供に対して理屈をつけて分からせようとか、そんなことをする前に、人間対人間として、それをされたら嫌だということを表現すること。それを大事にしています。

子育てをするようになってからの方が、子どもっぽいリアクションをすることが増えた気がします。

まだ、言葉で言っても分からないので、こちらが感情で表現するしかないから、というのもあるけれど。

ひとりの人間として、笑うこともあるよ。怒ることもあるよ。そういう姿を見せていきたい。

理想の親になるより、
ありのままの人間の姿を見せたい。

そう思って、毎日接しています。

私が怒ったら、知花はしゅんとしていた。
でも、嫌いになったわけじゃない。それは伝わっていると思います。

人は、人が好きなんだ。
でも、怒ることもある。
それを知ってほしいと思うから。

なぜ、これを書いているかというと、私がカウンセリングをしていると時々出会うパターンで、「親がすごく愛情深くて完璧な人なので、同じようにならなければならないと思ってしまって、心が苦しくなってしまった」という人がいるから。

きっと、その人の親御さんは、すごくできる人なんだと思います。
でも、同じようになろうとして、そうなれずに苦労してしまう子供もいます。
親がすごく愛情深くて、利他の心をたくさん持っている人の場合、子どもがそれに匹敵する能力を持っていない場合、自己犠牲するようになります。辛いのに「他人のために尽くさなければいけない」という考えになってしまいます。

だから、今日も私は、子どもと同じ目線で怒るのです。こら~っ!
ははは。

いつか「お父さんって、気楽に生きていていいよね」って言わせてみたい。
生活がちゃんと成り立っていて、子どもにそう言わせたら、これは勝利宣言だな。

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本当の愛情とは、利他の心を育てること

先日、脳科学者の茂木健一郎さんの講演の音声を聴く機会がありました。

その中で、茂木氏は、人間の行動は、脳の中で快楽ホルモンが出るとその行動が強化されるように変化してゆく、という主旨の内容を話されていました。

そして、ご飯を食べるとお腹がいっぱいになるみたいな、生命の維持に必要なものに快楽ホルモンが出るのは本能的なものなので、ある意味当然だけれど、

他人の役に立って、それを心地よいと感じるのは、学習によるものであって、生まれたときから持っているものではない。こういう部分が非常に人間の面白いところだ、というお話をされていました。

これを聴いて、面白いなと思いました。

考えてみれば、子育てで大事なことのひとつは、他人の役に立ったり、他人が幸せを感じることを自分の幸せと感じられる心を育ててあげることではないかと思います。

自然に他人の幸せを願う行動ができる心を持っていたら、その後の人生は人に感謝され、大切にされるものになってゆく可能性が高いですから。

そして、あくまで自発的な動機で、他人の幸せを願える心を持つようにするのが大事だと思いました。

「他人の気持ちを考えなさい!」と叱って、他人の気持ちを考えるようになった子の根本的な動機は、「親に怒られたくない」という「怖れ」の感情であり、喜びから人の役に立とうと思うわけではないのです。

「○○ちゃん、お手伝いしてくれてありがとう♪」と感謝されて、他人の気持ちを考えるようになった子の動機は逆に、「(親を)喜ばせたい」という「愛」であり、これは人の役に立つのが自分の喜びになっているのです。

もちろん、自分の気持ちを大切にすることも大事ですが、それに加えて、こうした、他人の喜びを自分の喜びと感じられる心を持てることは、幸せな人生を歩むための土台になるのではないかと思いました。

だからこそ、叱って育てるのではなく、ほめて育てることが大事なのだな、と改めて思いました。

幸恵(妻)が、結構大げさに「ありがとう~」「すごいね~」ってやっているのをみると、とてもほほえましく感じます。そして、いい教育をしているな、と安心もします。

自分の好きなことをするのも楽しい。

他人に喜ばれることをするのも楽しい。

こういう心を持って生きられるように育ってほしいですね。

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今日の知花

今日からこの日記を書き始めるが、気負わず、気楽に書いていこうと思います。

では早速。

今日の知花(ともか:1歳半の娘です)。
今日は、朝からよく食べました。ご飯を食べて、パンを食べて、リンゴを食べて、豆(ひよこ豆が結構好き)も食べました。

昨日、近所の公園に行って、よく歩いたからお腹が空くのかも。

お昼は久しぶりに「食べながら寝る」姿を見ました(o^-^o)
大人は食べながら眠くなったら、寝るけど、
子どもは食べながら眠くなったら、食べながら寝ます。
口をもぐもぐさせたまま。

夜は鍋でした。
最近は「熱いよ」と言えば意味が分かるので、そーっと指でさわって、慎重につまみます。でも熱いことが時々あって、怒る姿がまたかわいい!
たぶん、幸恵ちゃん(妻です)も、それが見たくて熱いままで豆腐とかをあげているに違いない・・・聞いてみたことないけど。

今日は、お風呂に入れている間に熟睡・・・おつかれさま。

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